足の「人指し」指


Gaudete in Domino. Ora et labora. 主にあって喜べ! 祈れ、そして働け!
by nitonyan
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今、はまってますっ

陽炎ノ辻―居眠り磐音 江戸双紙 (双葉文庫)
佐伯 泰英 / / 双葉社

去年の秋の、NHK木曜時代劇の原作本

あのドラマ、はまったな~~っ!!

時代劇なんて、私には縁が無いと思っていたけれど、何年か前の大河ドラマ「新撰組!!」から徐々に身体のなかに「時代劇」が浸透してきて、去年の大河ドラマ「風林火山」でしっかり根付いて、木曜時代劇「陽炎ノ辻」で虜になっちゃったっ 笑っ

主人公が、日向ぼっこをしている猫のような静かな構えから、一気に勝負に出る場面では、フラメンコギターが超カッコよかったっ♪

チャンバラにフラメンコギター、ぜったい合うよ~~っ♪



ということで、、、、

通勤電車のなかで、フラメンコレッスンのMDを聴くのは朝だけになりましたっ
帰りの電車のなかでは「磐音さま~~っ♪」 笑っ

文字が大きくて、おばちゃんにも読みやすいのがいいのっ♪


だけど、、、、、

出てくる漢字の半分ぐらいが、、、意味不明っ!!


それでも、メゲずに「磐音さま~~っ♪」は続きますっ

なんたって、現在24巻まで発行されているので、楽しみはまだまだ続きますっ


****************************************

ついでに、、、

音楽では、こちらっ♪

そばにいるね 青山テルマ feat.SoulJa
青山テルマ feat.SoulJa / / UNIVERSAL J(P)(M)

せつない恋心がいいっ♪

、、、、、、泣きたくなっちゃうっ♪



って、、、、、恋でもしたかっ?>自分<ありえないっ 笑っ

でも、こういう恋心、それだけは忘れたくないっ

来年はいよいよ私も大台だけどっ 笑っ


こういう優しい気持ち、忘れない50代でいたいっ!
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by nitonyan | 2008-02-19 22:22 | ライフログ

原作もドラマも面白いっ♪

ここ数日、通勤の帰りに、駅の改札内の本屋さんでみかけては、、、

(買おうか、、、、?)

(いやっ、まだ買うまいっ!)

と悩んでいたけれど、、、、、、


とうとう昨晩の帰り、買ってしまった、、、、、

鹿男あをによし
万城目 学 / / 幻冬舎

テレビドラマで、今期、ちょっとはまっている話だっ!

帰って来るなり、夜食を食べるのも忘れて、一気に読んでしまったっ!



で、、、、、、


面白かった~~~~っ♪

ネタバレになるから、詳しくは書かないけれど、、、、、、


普通、原作をドラマにするとガッカリすることがあるけれど、この本とドラマはちょっと違った

本は、そのままで、やっぱり面白かったっ

そして、ドラマは、、、、、

原作にはないデフォルメとか多いけれど、それが原作をよく膨らませて描いている気がして好感が持てるっ

ついでに、PCの壁紙を「鹿男あをによし」夜バージョンに変更しちゃったっ♪

ドラマ「鹿男あおによし」のサイトはこちらっ


フラメンコを始めたときに、もう旅行には行かない(経済的な理由からだけど)と決めていたけれど、、、、、、

奈良、行ってみたい!かもっ 笑っ
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by nitonyan | 2008-02-14 10:29 | ライフログ

泣きながら読んだ、、、

失はれる物語 (角川文庫)
乙一 / / 角川書店




八つの短編の主人公たちは、人と上手くかかわることができなかったり、小さいころに親から受けた傷から人を信用することができなかったり、交通事故で右腕の感覚だけが残ってしまった封じ込め症候群の人だったり、、、、

ようするに、他者とのかかわりを自分から、あるいは外因で強制的に遮断してしまった(されてしまった)人たちだっ

他者とかかわることで自分が傷つくことを怖れ、人と関わらないように生きる道を選んだ主人公たちは、不思議な出来事から、しだいに拒否していた回りの世界と関わらざるえなくなっていく
そして、「自分なんて存在する必要がない」と思い込んでいる主人公たちの人生に、一筋の、ほんとうに小さな光が差し込んでくる
ただそれは、シンデレラ物語ではないから、ハッピーエンドとは言いがたいっ
苦しい状況は変わらないけれど、それでも主人公たちは、ほんの小さな光を心に刻んで、またあいかわらずの苦しい人生を生き続けていくのだ



私は、久しぶりに本を読んで号泣したっ
それこそ、声を上げて泣きながら、最後のページを読み続けたっ

こんなことは、だいぶ前に読んだ「永遠の仔」以来だった、、、、、
永遠の仔〈上〉
天童 荒太 / / 幻冬舎





「永遠の仔」も、親から虐待を受けた子どもたちが、「生きていていいんだよ」というラストの言葉に向かって、物語のなかを必死で生きていく
主人公たちへ差し込んでいく小さな希望の光が、まるで自分自身に向けられているかのような錯覚から、涙が止まらなくなった、、、、、

確かに、涙が止まらないほど感動的なラストが詰まった短編集だ


でも、、、、、


自分でも、こんなに泣いてしまう自分に驚いているっ




ほかの誰でもない、私自身が「生きていていいんだよ」という言葉を欲しているのかもしれない



「生きていてもいいんだよ」
「人生、捨てたもんじゃないよ」
「この輝いた世界の、あなたもその一部なんだよ」
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、







実は、、、、、


私はこの数週間、大声で泣きたかったんだっ



子どもも成人して、もう親の手からは遠く離れ、同じ家に暮らしているとはいっても、一日に交わす会話はほんとうに少ない
それが子どもの成長の証しだと、頭のなかでは理解していても、暗い夜道を仕事で疲れた身体を引きずりながら家に帰るのが、どんどん辛くなってきていた
仕事のほうは、おかげさまで順調にまわっている
こんな私でも必要としてくれる世界があるだけ、まだましだと思うけれど、、、
趣味で始めたフラメンコやゴスペル、また長年の友人たちとも上手くいっている
踊っているときや歌っているとき、友人たちと市政について議論しているとき、そんなときの私は元気だっ
心の底から、その時間を楽しんでいるっ
けれど、、、、、

これからの人生を考えると、不安に押しつぶされそうになる、、、

いっそ、上手く回っている今のうちに、自分の人生が終わってくれたらいいのにとさえ思うことがある

それでも、生来勝気な私は、そんな不安を口にすることも、こうして日記に書くことすらできなかった
もちろん、大声で泣くことなんてできなかった

そんな鬱々とした気持ちを抱えながら、それでも毎日元気に仕事をし、ダンスのレッスンに通い、友だちからのメールにも明るく返信をしていた

必死だった

そんなときに読んだ本だった

一気に心の鎧が溶け、今まで我慢していた「感情」が溢れ出し、いつになく読みながら号泣したのかもしれない

人との関わりを遮断して生きようとする主人公に自分を重ね、ラストの小さな希望に、自分の未来への希望も重ねてしまった気がする



それでも、、、、そういう理由があったにしても、、、、これは、私の大好きな本になることは疑いようがないっ


†神に感謝
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by nitonyan | 2008-02-10 20:03 | ライフログ

優しい言葉

昨年、映画館で見損なって、いよいよテレビで放映されると聞いて、楽しみにしていた映画をテレビで観た

「博士の愛した数式」
博士の愛した数式
寺尾聰 / / 角川エンタテインメント

全編に流れる、博士や母子の言葉のなんと優しいことか、、、、
「記憶は80分しかもたない」
そのために、家政婦として働きにきた母は、何度も何度も「君の靴のサイズは?」「君は子どもがいるのか?」と訊かれるけれど、嫌な顔などひとつもせずに優しい声でそのたびに答えていく
同じように、学校からそのままランドセルを背負って帰って来る子どもに対して、博士は毎日のように、その子どもの頭をなで、「なかなか賢いものが詰まっている」と毎日のように繰り返す
たった10歳の子どもも、博士の病気を理解し、「その話は前にも聞きました」とは決して言わない

この博士の子どもに対する言葉かけ、それこそ毎日毎日、何年も何年も同じように「なかなか賢いものが詰まっている」と言葉をかけれた少年は、博士の言葉の通りに賢く寛容な青年に育っていった



ふと、、、、、

私は息子に対して、どんな言葉をかけていただろうと思うと、ここ数年は褒めることよりも叱ったりののしったりすることが多かったことに愕然とした

その後に観たテレビ番組の特集で、DVをしてしまう人の育ちについて、こんな話しがあった
「自分でも気付かずに家族にDVをしてしまう人は、その育ちのなかで、過度の期待を親から背負わされ、その期待にこたえられなかった人が多い
 親の期待にこたえられなかったコンプレックスを見透かされるのを極度に嫌い、DVに走るケースが多い」

私は、、、、息子をDVに育ててしまっているかもしれない?

今から取り返せるのだろうか、、、、?


録画した映画は、このまま大切に残しておこう、、、、、



†神に感謝
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by nitonyan | 2007-05-19 23:13 | ライフログ

グレゴリオ聖歌

今では、日本中の教会が日本語でミサをあげているけれど、ほんの半世紀ほど前には、ラテン語のミサが普通だった
私が教会に行くようになったときには、すでに日本語でのミサが行われていたけれど、歌のほうはまだラテン語の歌が多かった
特に大きな祝日のミサは、最初から最後までラテン語のミサ曲ということもあった

グレゴリオ聖歌
サン・ピエール・ド・ソレーム修道院聖歌隊 ドン・ジョセフ・ガジャール神父 / キングレコード


だから、このCDに納められている曲は、ほとんどを歌ったことがある
回顧趣味と言えばそれまでだけれど、幼いころに歌ったわらべうたを大人になっても覚えているのと同じように、今でも歌詞を見れば、すぐにその旋律が浮かんでくる

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by nitonyan | 2006-03-11 21:06 | ライフログ

自らを由とする生きかた

「自由は、それを担おうとする者にとって、実に重い荷物である。
 勝手のわからない大きな荷物である。
 それは、決して気楽なものではない。
 自由は与えられるものではなくて、選択すべきものであり、
 しかもその選択は、かならずしも容易なものではないのだ。」

こわれた腕環―ゲド戦記 2
アーシュラ・K. ル・グウィン 清水 真砂子 Ursula K. Le Guin / 岩波書店

幼いころに家族から引き離されて、闇の精霊に使える大巫女となるべく教育を受ける少女
彼女は、過去も本当の名前も魂をも奪われて、大巫女アルハとなる
ある日、アルハは魔法使いゲドに出会い、本当の名前を知り、ついには闇のおきてを破り、アヌハとしてではなく、本来の名前テナーとして生きる決心をする、、、


『ゲド戦記 第一巻』が、光と闇の戦いを通して、自分自身の内面の戦いを描いていたのに対して、『第二巻 こわれた腕輪』は、人間らしく生きる、あるいは自分らしく生きることを考えさせる物語だ
不本意であると理解しながらも、自らの思考を停止し、大きな力のもとで奴隷として生きることは、大巫女としての勤めを怠らないかぎり、その生涯は安穏なものだったに違いない
ひとりの人間テナーとして生きる決心をしてからも、なおも自由の重さにおしつぶされそうになったテナーは、もといた牢獄のような生活に戻ろうとしてしまう

ちょうど、二ヶ月前の自分が、テナーと重なるような気がして、一気に読み終えた
あのまま恋人と一緒に暮らしていれば、一生、住む場所に困ることはなかっただろう
ゆくゆくは、生活のために朝から夜まで働くことも必要ではなくなったかもしれない
けれど、私は自由をもとめて、恋人の家を出た
「自由をお金で買った」(カテゴリ「はじめに」参照)というのは、つまり、そういうことだ

自分らしく生きるためには、本当の意味で自立して生きていかなければならない
それは、かっこよく聞こえるかもしれないけれど、実際のところはシンドイことのほうが多い
実際、私自身の将来には、何の保障もないのだ
(今の日本では、誰にも将来の保障があるとは言えないかもしれないけれど、、、)
誰かに、あるいは何かに頼って生きるほうが、きっと、ずっと楽に生きられる
ただ、そのためには、自分らしい部分を少しずつ消していかなければならない
「人形」として生きることを選んで、衣食住の苦労をしないほうがよいのか?
あるいは、困難な道と知りつつも、自分らしく、人間らしく、時には泥水を飲んででも、自分に誠実に生きていくほうがよいのか?

18歳でひとりで実家から家出同然で出たときも、離婚をしたときも、そして今回の騒動のときも、私の頭のなかには、小学生のころに読んだ小説『ジェーン・エア』の最後の光景が浮かんでいた
ジェーン・エア
シャーロット ブロンテ Charlotte Bront¨e / アイビーシーパブリッシング

もう、何十年も前に読んだきりの物語だから、詳しいことはまったく覚えていないけれど、確か、夫と別れて一人で生きていく決意をしたジェーン・エアが、小さなボストンバックを抱えて、それまで住んでいた家を出るシーンで終わっていたと思う
これから遭遇するであろう苦しい道を覚悟しても、それを選んだジェーン・エアの自由への決意が、それを読んで何十年経った今も、私を支えている

若いころに、『ゲド戦記2 こわれた腕輪』を読んだ人たちは、自由へ一歩踏み出すときに、その不安を打ち消すたびに、もしかしたらテナーの姿が脳裏によみがえってくるのかもしれない
「おはなし」は、生きる勇気をくれる
そう看板に掲げながら、子どもたちに「おはなし」を届けているオバサンたちも、かつて出会った「おはなし」から、今でも大きな勇気をもらっているのだ

それにしても、、、
人間らしくあろうとすること、自分に誠実であろうとすることは、この世に生まれてきた人にとっての共通の命題なのかもしれない



ゲドの旅は、まだまだ続く、、、、
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by nitonyan | 2006-02-02 01:38 | ライフログ

影との戦いーゲド戦記1

影との戦い―ゲド戦記 1
アーシュラ・K. ル・グウィン 清水 真砂子 Ursula K. Le Guin / 岩波書店

ことばは沈黙に 光は闇に
生は死の中にこそあるものなれ
飛翔せるタカの 虚空にこそ輝ける如くに  『エアの創造』

『指輪物語』全巻、『十二国記』全巻+外伝、『ナルニア国物語』第一巻と読みすすめて、
今やっと、『ゲド戦記』を読み始めることができた
どっぷりと、ファンタジーの世界につかっている
すでに若くはないけれど、創造の翼だけは、これからも休むことなく羽ばたかせていきたいと思う
私自身が物語の世界を存分に楽しまなければ、他の人に「おはなし」を届けることなんてできないと、『ゲド戦記』第一巻を読み終わって、しみじみと感じた
思えば、『ゲド戦記』の名をはじめて知ったのは、語りの学校だった
すでに若いころから、このファンタジーに出会っていた人たちは、なんて幸運だったのだろう!
(実は『指輪物語』だけは、私も若いころに出会っていたけれど、
 そのころの私は、『指輪物語』第一巻の冒頭のくだりで見事にくじけてしまったのだ)

『ゲド戦記』第一巻を読み終わって、ストーリーテラーというのは、ある種の魔法使いだったことに気づいた
もちろん『ゲド戦記』のなかの魔法使いの仕事のなかに、魔法を使うことだけではなく、言葉を操ること、そして物語を語ることと記されている
『ゲド戦記』の魔法使いは、言葉によって、時に人の目を惑わし、ただの石を他のものに変えてみせる力がある
ストーリーテリングというのも、言葉だけで人の心のなかに映像を浮かび上がらせ、聴いている人が、まるで物語の中にいるような錯覚を起こさせることができるのだ
映画や演劇でも同じようなことができるが、私がどうしてもストーリーテリングにこだわりたいのは、映画や演劇の世界では、どうしても映画監督や舞台の演出家のイメージから出来上がった世界を観るしかない、ということに限界を感じてしまうのだ
その点、ストーリーテリングを聴いて、観客が描く物語の世界は、観客それぞれが「描きたい世界」から外れることはない
(もちろん語り手の語り方に対する好き嫌いは生じてくるだろうけれど、、、)
そのため、ストーリーテラーが語りながら描いている世界と、観客が聴きながら描いている世界には、おのずと違いが生じてくる
それは、観客同士でも違ってくる
たとえば「大きな木」と語るストーリーテラーの心のなかに浮かぶ「大きな木」と、それを聴いている観客の心のなかに浮かぶ「大きな木」は、それぞれの今までの体験から違ってくるのと同じようなものだ
それが映画なら、映画製作者は伝えたい物語に最適な木を探してきてスクリーンに映すだろうし、舞台監督は物語にぴったりの木を美術係りに作らせるだろう
そこが、ストーリーテリングの面白さなのだと、『ゲド戦記』を読んで、あらためて思った

『ゲド戦記』の面白さは、これだけではない
そこには哲学的な話も存分に盛り込まれている
光と影は、実質的な「光」と「影」を描きながら、同時に心のなかの「光」と「影」をも描いている
主人公ゲドは、自身のおごりとねたみから「影」を呼び出してしまう
その「影」はゲド本人を取り込もうとして執拗に追いかけてくる
最初、その「影」から逃げようとしていたゲドは、やがて真正面から「影」に向かい、逆に「影」を追い詰めて、最後にはそれを自身のなかに取り込んでしまう
「影」が次々と姿を変えるなかに、これまでゲドに対して敵対していた人たちの姿だったり、ゲド本人の姿だったりするところも面白い
私たちは生きているあいだに、何人も何人もの、いわゆる「嫌いな人」や「苦手な人」と出会ってしまう
それは、私たち自身とはまったく関係ない人ではなく、いわば自分自身の「影」なのだと、『ゲド戦記』は気づかせてくれる
その人たちをただ非難したり、無視したり逃げたりしているだけでは、いつまでたっても、どこへ行っても、同じような「嫌いな人」や「苦手な人」と出会うことを繰り返すだけだ
いつかは、意を決して、その人たちと真正面から立ち向かって自分なりの答えを出さなければならない
自身の「負」の部分をも、ありのままの自分と受け止めていかなければ、『ゲド戦記』で言われる「全き人」にはなれないのだ
児童書でありながら、同時に哲学書でもある『ゲド戦記』の人気の秘密は、そこにあるのかもしれない

この夏、スタジオ・ジブリが『ゲド戦記』第3巻の映画化を進めているという
そういえば、『風の谷のナウシカ』に出てくるキツネリスは、『ゲド戦記』のオタクに似ている
それに、『ハウルの動く城』のなかで、他の生き物に姿を変えた魔法使いが人間に戻れなくなるという部分も、『ゲド戦記』のなかに出てくる
宮崎駿監督が『ゲド戦記』をいつも枕元においているという話まで伝わってくる


ブログはこの辺にして、そろそろ第二巻を読み始めよう

まだまだ旅は続く、、、♪
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by nitonyan | 2006-01-30 22:56 | ライフログ

天使の詩

天使の詩
フランク・ローレンツェン / インディペンデントレーベル

大天使ガブリエル、ミカエル、ラファエルのインスピレーションから生まれたヒーリングミュージック


大天使たちはそれぞれ違う使命を持っていて、その使命にそった音楽になっている

ちなみに、、、、

大天使ガブリエル 受胎告知の守護天使
すべてをゆるし、受容と包容、そして限りない慈悲をもらたす

大天使ミカエル 解放の守護天使
すべてのひとに平和と幸福をもたらす

大天使ラファエル 癒しの守護天使
「神は癒す」という意味の名をもつ大天使ラファエルは、人々にポジティブな関係をもたらす


なかでも「♪ミカエル」には波の音が含まれていて、目を閉じて聴いていると、あたかも浜辺にひとりで静かに座っているかのような錯覚さえ覚える
まさに自然界へ開放される感覚を味わうことができる


年末年始の休みもいよいよ今日で最後
ゆっくり音楽を聴いたり、部屋の片づけをしたり、いろいろと考えにふけったり、本を読んだり、惰眠をむさぼったり、、、、、
これほどゆっくりと、自分自身とこれからの未来を見つめなおすことのできた休暇も、最近では珍しい
もちろん楽しいことばかりではなかったけれど、嫌な時間も、後から考えると、映画の1シーンのように過ぎ去って行った



大天使3人の大きな力に守られた時間に、感謝
そして、、、、
大天使と出会うよういざなってくれた友人に、感謝
そして、なにより、、、、
結果として、こんな素敵な時間を過ごせるきっかけになってくれた「騒動」と、
その口火を切ってくれた元恋人にも、、、、感謝
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by nitonyan | 2006-01-05 15:09 | ライフログ

ライフログ「たいせつな きみ」

たいせつなきみ
マックス・ルケード セルジオ・マルティネス ホーバード・豊子 / いのちのことば社
スコア選択: ★★★★★



優れた能力をもっている人形には、ピカピカの星シールをみんなが貼りに来る
美しい人形にも、みんながこぞって星シールを張りにくる
ところが、失敗をした人形や醜い人形には、みんながダメシールを貼りに来る
ダメシールを貼られた人形は、それをみた周りの人形がさらに面白がって多くのダメシールを貼りに来る

そんな世界に、星シールもダメシールも、何度張ってもはがれてしまう不思議な人形が現れた
その不思議な人形の秘密を知るために、主人公のパンチネロ(言うまでもなく、彼にはダメシールがたくさん貼られている)は、ある夜、その人形のあとをつけていった

そこでパンチネロが見たものは、、、、、



人は、人から評価されるために生まれてきたわけではない
優秀だから、美しいから、愛されるわけではない
ドジだから、失敗をするから、愛されないわけではない
その存在自体が、愛されている証拠であると、この絵本は教えてくれる

息子が中学生のころに出会った絵本だった
絵本の大好きな大人たちが集うサークルで、その絵本を読み語りしてくださったのは、かつて中学校の教師をしていた女性だった
彼女の息子さんは、中学生のとき学校に通うことを拒否し、そのために彼女は教師の職を辞めて、その息子さんのために家にいることを選んだ
彼女の深く、しっとりとした声とともに、パンチネロの物語が語られると、その場にいた多くの母親たちは涙を流さずにはいられなかった
私も、おいおいと泣いてしまったひとりだった
パンチネロの哀しみが、中学校で苦しんでいた当時の息子と重なった
そして、パンチネロにダメシールを貼っているほかの人形が、自分自身と重なった

人は、どうしても他の人を評価してしまう
自分自身も、誰かからの評価から逃れられない
それが社会のありかただ
そのありかたが変えられないとしても、評価を受ける側の人の心は変わることができる
どんな評価を受けようと、受ける側の心が、誰かの無条件の愛をじゅうぶん感じていれば、その評価に耐えられると、この絵本は教えてくれている

誰かの無条件の愛、、、、、

キリスト教国で書かれたこの本の「誰か」は創造主のとしての神として描かれているが、神に代わるものとして親や家族であってもかまわないと思う
なぜなら、親は、子どもを授かったとき、神の代わりにその子を育てるようにゆだねられたからだ
親は、我が子に対しては、神のようにならなければならない
神のように、無条件に我が子を愛さなければならない
それはとても難しいことだけれど、神はできない課題は人には課さないならば、それはきっと不可能ではないのだろう

私は、息子が公立高校を辞めたいと言い出したとき、あらためて神から無条件に我が子を愛するように言われたような気がした
98パーセントの同年齢の子どもができることが、どうして息子にできないのだろうと、街で息子と同年齢の高校生を見かけるたびに涙を流すたび、そうできない息子でも無条件に受け入れるように神に言われているような気がしていた

私にとっては、聖書と同じくらい大切な絵本だ
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by nitonyan | 2005-08-15 20:59 | ライフログ

「親より出世するよ」
私の母は、私にそう言い続けた

「親より出世するよ」
そう息子に言ったとたんに、はじめて私は、私の母の気持ちが理解できた

「親より出世するよ」
それは、
「親より出世してほしい」
という親の願いと、期待だった、、、

「La Postal 1日1信」

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